説教 20220417 ヨハネによる福音書11章28~44節「生きよ、復活せよ」
― ラザロ、出て来なさい ―
イエスがベタニア村に来られた時、すでにラザロは死んでいました。それも4日も前に。村には沈痛な空気が重く垂れこめ、もう悲しみの声さえ上がらなかったでしょう。イエスを最初に迎えたのは絶望にくれたマルタでした。マルタはぶつけるようにこう言ったのでした。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」。それはイエスに向けての悲痛な恨みにも似た訴えであり怒りさえ感じとれる叫びでした。「・・・どうしてもっと早く来られなかったのですか。わたしたちのことを忘れたのですか」。いくら口を押さえようとしても吐き出てくるどこか憎しみある恨み言です。それはイエスに使いをやってラザロの病気を伝えようとしたこの村人すべての思いそのままだったのでした。
愛する命が失われてしまった喪失感と虚脱感。冷酷にのしかかる絶望的な無力さ。いやそれはベタニヤならずともわたしたちの生きる日々もそうあるかのように思えます。わたしたちも沸き上がる嘆きや悲しみやそして恨み言に圧迫されついに諦めて運命だ、人生こんなものだと口をつぐんでいきます。この後イエスのもとへ来たマリアも執拗なほどに全く同じ言葉を言うのです。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」。
ここで、こんな悲しみの中ふつうならわたしたちは「慰め合」います。宥め労り悲しみを和らげようとします。それを優しさといい、共感といいます。でもイエスはよく読むと彼らにたいしまったく共感的な慰めや宥める言葉をかけないことに気づきます。11章の冒頭からがそうです。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである」(4節)。「ラザロは死んだのだ。わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった」(14節)。どこか突き離すようで、悲しむ者の気持ちを汲もうとしないイエスです。うちひしがれるマルタにたいしてはただ「あなたの兄弟は復活する」と告げられ「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」と復活への信仰を問うのです。それは何かを告げ、始めようとするイエスの姿、まったく新しい何か起こそうとするイエスの姿です。慰める、宥めるはのしかかった運命に承服する言葉です。運命に追従する行動をイエスは一貫してとろうとされません。そしてイエスは墓へと向かいます。そこで人間の命を死の運命から根底的に大転換する出来事を起こされるのです。
しかしイエスは奇跡を起こすときわたしたちの悲しみや痛みを知らない勝ち誇った英雄のように奇跡を行ったのでしょうか。そうではありません。人々は「主よ、来て、御覧ください」と言いました。悲しみの現状を見てくださいと言わんばかりに。すると聖書は言います。「イエスは涙を流された」と。まさに慰めも宥めもかけなかったそのイエスは人々と同じ涙を溢れさせたのでした。イエスは死の絶望の中に降り立ち、わたしたちと同じ涙によってご自身をわたしたちに結び合わされたのでした。それは他のどの福音書にも描かれていない「人間臭い」イエスの姿といえましょう。
そして重苦しく光を死者からさえぎる死の墓石が取り除けられます。その死の暗黒を切り裂くように大声が響き渡ったのです。「ラザロ、出て来なさい」。それは死が支配する暗黒を凌駕する神の言葉の轟きでした。「すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた」。「ほどいてやって」。命への解放の働きが人々に命じられます。もはやここに死は存在しない。神の子の言葉によって死が滅ぼされたのならどうして死の衣装を纏ったままでいるのか。
さてここでイエスはこう言われたのではない、「元のように生き返りなさい」と。そうではなくイエスは「出て来なさい」と呼ばれたのです。目を開いて、立ち上がり、歩いてその声の聞こえるご自身のもとへと「来なさい」と。歩き始めた幼児はなによりも呼ぶ親の声の方に喜んで歩きます。イエスはこう言われるのです。「ラザロ、あなたは出て来なければならないし、わたしへと立ち上がって来ることがあなたにはできるのだ」。イエスの呼びかけはラザロに新しい希望と喜びを呼び覚まします。イエスがかけてくださる言葉に応答するようにわたしたちは人生に出現するのです。「わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる」(14章19節)のです。
イエスの声を聞くと人間は絶望の運命や諦めの宿命から復活し立ち上がります。その声が閉ざされた墓の心を切り開いてわたしたちに届くと、わたしたちは現実の中で神の光につつまれて立ち上がることができるのです。
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