説教202600802マタイによる福音書21章1-11
「神という名の受難者」
聖書
一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。
「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」
イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。
説教
「娘シオンよ、声をあげて喜べ。わたしは来てあなたのただ中に住まう、と主は言われる。その日、多くの国々は主に帰依してわたしの民となり、わたしはあなたのただ中に住まう」(ゼカリヤ書2章11節)。
かつてイスラエルの人々は囚われの時代であったバビロン捕囚より帰還した後、再び国の復興へと前進し、社会を揚げて躍起になっていた。これはそんなイスラエルに対して、ひとりの預言者ゼカリヤが忠告かあるいは警告と言うべき神の言葉を伝えた預言と言ってよいだろう。一心に国の復興に励むなぜ「警告を?」と問うかもしれない。じつはその国の復興は大帝国支配下の従属国家の事情ゆえに「宗教民族」そして「律法国家」を目指すほかなかったからだった。だがその律法的偏重と硬直性は次第に強まり、やがて紀元前2世紀頃になると「後期ユダヤ教」と呼ばれる宗教権力構造に行きつき、イスラエル社会には貧富の格差が固定化し、下層民を「罪びと」あるいは「地の民」などと差別し蔑視するようになっていった。
そんな中、「わたしは来て あなたのただ中に住まう、と主は言われる」という預言者ゼカリヤによる神の言葉は、神の名を騙(かた)る「悪しき羊飼い」である宗教権力者を残らず排して、神自身が愛をもって人々と共に親しく住む社会の実現を告げるものだった。
ここでそもそもから問う必要がある。いったい、なぜイエス・キリストは「必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている」と言いあらわさなければならなかったのだろうか。ある者は言う、「真のダビデの子孫にして救済のメシアとして立つため」。それは後期ユダヤ教時代の「メシア思想」への解答となろう。またある者は言う、「強大な宗教権力から真に礼拝を取り戻し民をすべて解放するため」。それは革命的勝利だがやはり名を替えた別個の権力構造のありようかもしれない。
この日ついにイエスはエルサレムに入った。しかしそれはまさしくゼカリヤが預言したままの「ろばに乗る王」の姿だった。ろばは馬より古く人々の生活にとけ込み重荷を共にする家畜として受け入れられていた。イエスのエルサレムに入る姿は「凱旋する王」に比肩するように描かれている。当時の西方世界の覇者ローマ帝国の勝者は自国に帰還する時はかならず貴族や民衆の盛大な歓迎を受け道に敷かれた棕櫚などの葉を踏みしめ華々しく軍馬に乗って入城するのが慣例だった。
しかしここには軍馬ではなく「ろば」に乗る王がいた。その姿はゼカリヤが預言するとおりのもの。「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って』」。
この王は戦争ではなく平和の王だというのだ。ゼカリヤはこの後の預言でこう言う、
「わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、 諸国の民に平和が告げられる」。
そう、都に入城したイエスはエルサレムに「平和」を宣言したのだった。だが「平和」とは何か。ゼカリヤの預言を引いたマタイはここで平和とは書かず「柔和な方」と言いかえる。また「荷を負うろばの子、子ろばに乗って」と添える。「シオンの娘に告げよ」と高らかに語りかけるこの神の言葉にいくつかの特徴的な言い回しを見る。それは「お前の王がお前のところにおいでになる」だ。「お前のところ」とは何だ。それは自分のありのままの生活だ。そこに戻ったらあなたは表情は苦悩にゆがむ。疲れが哀しみのように湧きあがり、愛する者のことさえ忘れる。眠りは後悔や不安に苛まれ、片付けることの出来なかったゴミの中で目が覚める。そんな「お前のところ」に王が来る。王が来るなら宮殿ではないか、神殿ではないか。いいや、「柔和な王」は地に倒れ伏した「お前」に会う。「柔和」は「優しさ」や「従順」と訳される。しかし「柔和」の根本は「受容」そして「受難」だろう。受容こそ受難こそ苦しむ者の苦しみを知るのだ。
だがこの王が来られると知ったエルサレムは沸き立った。「メシアが来られた。救い主がエルサレムに入られた」と喜びに溢れたに違いない。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ」。こう叫びながらエルサレムはイエスを迎え入れた。イエスはたしかにダビデの家系に属す「ダビデの子」だった。「ホサナ」とは「神よ、救いたまえ」の意味だ。人々の眼に映ったものは民族捕囚後以来の数百年に及ぶ民族再興の願いを叶えるメシアかもしれない。さらにもっと古き時代のアブラハムより抱きつづけて来た民族の希望の星の登場だったかもしれない。
「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ」はじつは世界中でよく歌われている。その讃美歌版の「喜べや、讃えよや、シオンの娘、主の民よ」はG.F.ヘンデルがヘレニズム期のユダヤの抵抗者を描いた「オラトリオ・ユダス・マカベウス」の中で勝利の凱旋の歌として作曲された。優勝した競技者が讃えられるとき演奏される。
だがマタイはこのとき、都中の者が「騒いだ」と書く。人々はメシアの到来に「衝撃」を受けたというのだ。「騒いだ」、「衝撃を受けた」というのは平静が壊されたことを示す。否定の感情ではないか。それは人々にとってじつは「平和」なことではなかった。柔和な王が平和を到来させるとき、人々は平和でなくなったという。人間は神の救いを受け入れられない存在になっていると言える。人間は「栄光」に心騒がない。人間は「悲惨」に動揺する。強さにではなく弱さにこそ心動かす。
メシアは「受難者」としてしか救いを行おうとはされない。柔和は権力も暴力も滅ぼす。キリストの柔和は、「お前」すなわち、わたしたちの苦しみを背負い、悲しみを越える。
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