説教20260419出エジプト記2章1-25「罪びととして逃れて」

 聖書(11-25節)

 モーセが成人したころのこと、彼は同胞のところへ出て行き、彼らが重労働に服しているのを見た。そして一人のエジプト人が、同胞であるヘブライ人の一人を打っているのを見た。モーセは辺りを見回し、だれもいないのを確かめると、そのエジプト人を打ち殺して死体を砂に埋めた。翌日、また出て行くと、今度はヘブライ人どうしが二人でけんかをしていた。モーセが、「どうして自分の仲間を殴るのか」と悪い方をたしなめると、「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」と言い返したので、モーセは恐れ、さてはあの事が知れたのかと思った。ファラオはこの事を聞き、モーセを殺そうと尋ね求めたが、モーセはファラオの手を逃れてミディアン地方にたどりつき、とある井戸の傍らに腰を下ろした。

 さて、ミディアンの祭司に七人の娘がいた。彼女たちがそこへ来て水をくみ、水ぶねを満たし、父の羊の群れに飲ませようとしたところへ、羊飼いの男たちが来て、娘たちを追い払った。モーセは立ち上がって娘たちを救い、羊の群れに水を飲ませてやった。娘たちが父レウエルのところに帰ると、父は、「どうして今日はこんなに早く帰れたのか」と尋ねた。

 彼女たちは言った。

 「一人のエジプト人が羊飼いの男たちからわたしたちを助け出し、わたしたちのために水をくんで、羊に飲ませてくださいました。」

 父は娘たちに言った。「どこにおられるのだ、その方は。どうして、お前たちはその方をほうっておくのだ。呼びに行って、食事を差し上げなさい。」

 モーセがこの人のもとにとどまる決意をしたので、彼は自分の娘ツィポラをモーセと結婚させた。彼女は男の子を産み、モーセは彼をゲルショムと名付けた。彼が、「わたしは異国にいる寄留者(ゲール)だ」と言ったからである。

 それから長い年月がたち、エジプト王は死んだ。その間イスラエルの人々は労働のゆえにうめき、叫んだ。労働のゆえに助けを求める彼らの叫び声は神に届いた。神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。神はイスラエルの人々を顧み、御心に留められた。

説教

 新約聖書がイエス・キリストと弟子たちの記録であれば、旧約聖書は神ヤーウェとその民イスラエルの記録と言っていいだろう。ただ新約がイエスの誕生からおよそ1世紀が経った頃までの記録であるのに対して、旧約は仮定できそうな紀元前16世紀から紀元前445年ネヘミヤの国家再興までという他の文明史に並ぶほどの長大さを持っている。しかし比べようもないこの二つの聖書に一つの共通点を見ることができるだろう。それは「神への信仰者の復活」を描き教えるテーマを持っていることだ。それは旧約聖書であれば永久の歴史の中の神の民の事柄がやがて終末論へとつながり、新約聖書であればイエス・キリスト神の国が「終末の到来」の約束として描かれることに見てとれる。新約聖書では神の国の到来をもたらすものが神の子メシア・イエスであり、そして旧約聖書ではこの「モーセ」の活動の目標である「約束の地」に神の国が投映されているといえるだろう。そうしてみるとモーセは「旧約聖書のイエス」と言えなくもない。モーセはイエスと同様にこの世に生まれ、神の召命を受け、「仲保者」として苦しむ民のために現世の支配者に立ち向かい、ついにそこからの「脱出」を敢行し、神の火に導かれて旅し、最期約束の地に眼見えるところまで来て生涯を終える。たしかにモーセは旧約のイエスである。

 モーセが生まれた頃、彼の同胞イスラエル人はすでに430年に亘って寄留しているエジプトの支配者から警戒されていた。そしてついにエジプト王はイスラエル人の新生児を全員殺す命令を出した。危機の迫る中、しかしモーセの親はその赤ん坊をパピルスの籠に載せてナイル川に流した。するとちょうどそこに水浴に来ていたエジプト王女がこれを見つけ自分の子とすることにしたという。この世の支配者による殺害の危機の中に生き残ったこともイエス・キリストと同じだ。やがて成人したモーセに起こった出来事はその後彼が自分の同胞のために立ち上がらなければならない運命へと導くものとなった。

 ある日モーセは同胞のいるところへ出かけたという。だがその光景はまさに地獄の惨状だった。エジプト王により厳しい労役を課されて鞭に駆り立てられながら苦しみに喘ぐ奴隷たちは、まさに自分と同じイスラエル人達だった。エジプト王女には安寧に育てられたもののいつしかモーセは自分がイスラエル人であることを知ったのだった。王宮に育ったモーセはイスラエル人としての孤独を感じ、いつか同じ同胞の中にも入りたいという願望があっただろう。しかし同胞と共にという淡い思いは儚く打ち砕かれたのだ。自由を奪われ重労働に繋がれ、叫びや呻きまた嗚咽しながら無言に従事する隷畜こそモーセの同胞だった。その時モーセは同胞のイスラエル人が一人鞭で打たれている場に遭遇し、思い余って鞭打つ役人を殺してしまった。あわててその死体を人目につかない場へと隠したが、やはり落ち着けず気になる殺人の現場に戻ってきた。するとどうだろう、そこにまた喧嘩をする者たちがいた。それは奴隷たちが諍い合う姿だった。この時こそ同じイスラエル人ならばと、仲裁に入り罵るほうを抑えた。「同じイスラエル人同士で争うな」と。するととたんに悪いほうの奴が言った。「お前は昨日役人を殺したろう。見ていたぞ」。思わずモーセは身を引いたろう。「見られていたのか」。殺人事件はすでにエジプト王の知るところとなり、モーセはもはやエジプトを逃れ、はるか800キロ東のミディアンの地へと身を隠さざるを得なくなったのだった。

 ミディアンは遊牧民の住むアラビア半島西南端の地だがその西隣りには神の山ホレブと呼ばれるシナイ山がそびえたっている。後にこの山でモーセは実際に神と出会いその命令を実行する道へと進むのだが、あらためて思うとその発端がモーセがエジプトで殺人を犯しそれゆえにエジプト王から追われる罪人となったことである。それはイエスがユダヤの律法学者や祭司、ファリサイ派から神を冒涜する罪人呼ばわりされ民衆からも罵られたことと通じるものがあると感じざるをえない。しかしそんな律法違反の罪によってイエスは十字架の贖いのわざによって神に従うキリスト、メシアとされた。モーセもまたエジプトから罪人として異境へと逃れたとき神ヤーウェとの出会いを果たすのだ。自分の街から遥か遠い異境の山に彼の神がいた。

 信仰者、キリスト者はなんらかの意味でこの世に対して、現実に対して罪人なのかもしれない。実際の犯罪を犯すということでなく、この世や現実に対してはある面「やましい」気持ちを持っているといえるかもしれない。遠慮がちに言えば、信仰者はこの世について行けないのだ。そんなこの世への「控え目」な姿勢こそが神への信仰につながると言えないか。ドッかとこの世の上席に腰を掛けることなどまったく考えず、無論この世を大胆、自由に闊歩する希望も力もあるが、あくまで信仰者は「寄留者」であろうとするだろう。モーセは自分がこの世の奴隷であるイスラエル同胞と同じであると知ったとき、すでに彼の心はエジプトの王宮を去ったのだ。パスカルは人間の有りかたを死すべき悲惨な存在と言った。もしわたしたちが自分を真にこの世の中でなんの希望もない悲惨な存在だと知ったなら即座にそこを去るだろう。この世の富や栄華を、名誉も誇りも、さらに幸福も保証も不要としよう。モーセもやむなくではあるとしてもそれを行ったのだった。

 ミディアンでモーセはある祭司の家族と出会った。遠い異境の荒野にまだ知らない世界があった。娘たちが水汲みの最中にならず者が来てその邪魔をした。居合わせたモーセはそんな嫌がらせから娘たちを救い親しくなったのだった。娘たちは父のレウエルに助けてくれたモーセを引き合わせると、父はなにをぐずぐずしているとばかり娘たちにモーセの歓待をさせた。レウエルはエジプトからすっかり心の離れたモーセが定住を望んだことを聞くと娘のツィポラと結婚させた。モーセとツィポラは子ももうけその子を「ゲルショム」つまり「異国の寄留者」と名付けたのだった。モーセは同胞イスラエルの苦しみの現実に痛みと怒りの思いを覚え、それがゆえの罪を背負いつつ遠い異境に逃れた。しかしどうだ。その異境に彼の痛みや怒りと同じ思いに苦悩する存在があった。それこそ彼モーセの祖先アブラハム、イサク、ヤコブの神、ヤーウェ自身だった。

 年月が経ち、かのエジプト王が死ぬと新しい時代となり、状況がにわかに切実になってきた。エジプトで奴隷として苦しみ喘ぐイスラエルの民の声が響き、それはついに神の耳にまで届いたという。

田原吉胡教会(田原吉胡伝道所)

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