メッセージ「人生の危機から逃れよ」

メッセージ「人生の危機から逃れよ」(2021年3月7日教会礼拝説教より)

創世記7章1〜24節

 ノアの洪水の物語は、神が創造された地上で人々が堕落し、多くの悪がはびこってしまったことを神が後悔され、ついにすべての肉なるものつまり生き物を滅ぼそうとされた出来事を描いています。そこでこの洪水物語を見ていきますと、ノアという人物の作る箱舟こそ登場しますが、洪水の成り行きの大部分は主なる神が主導し展開して行かれます。洪水を起こす決断で「見よ、わたしは地もろとも彼らを滅ぼす」(6章13節)と言われます。またノアに向かってはゴフェルの木を用いて箱舟を作れと命じられ、それにノアは従います。この7章の冒頭でも箱舟に入れる生き物や家族を指示されるのは神で、16節では「主はノアの後ろで戸を閉ざされた」と箱舟の扉を閉じたのは神自身でした。

いよいよ四十日四十夜にわたる雨が降り、地上からすべての生き物がぬぐい去られました。「清い動物」は神から食べてよいとされた動物などでまた神に燔祭として捧げることのできる家畜の類でもありました。でも同時に「清くない」動物もひとつがいずつ乗舟するのが興味深いところです。使徒言行録10章で使徒ペトロに天から降ろされ食べるように命じられた動物に清くないものがあって、それはペトロに異邦人への福音宣教を命じた神の意図が表されていたいきさつを思い浮かべることができます。10節に「七日が過ぎて」と書かれるのもシンボリックです。人間の活動が「ひと巡り」過ぎた後と考えられましょう。「人々がひととおりの生活を終えた後に」四十日四十夜の洪水が始まりました。「四十日四十夜」はイエス・キリストの「荒れ野での誘惑」記事にも出てきますね。「七」がひと巡りという意味に対し「四十」は昼も夜も間断なく続く長い時間や時代のように考えられます。それは苦しみや困難がのしかかり忍耐を要する連続期間と言えます。出エジプト記の四十年のイスラエル民族の旅がそうでした。洪水も人間には先の見通しの立たない長い期間の出来事だったと言えるのです。

洪水の激しさは17節から24節に具体的に描かれます。巨大な箱舟を浮かび上がらせるほどの水勢は山頂さえ超えて15アンマ(約7メートル)にもなったとあります。霊のある生き物、息をする生き物は息絶えて神が創造した地上からすべて「ぬぐい去られた」と言います。「四十日四十夜」の雨の後も150日間水がひかなかったことを描いています。ここでは洪水が終わりノアや生き物たちが舟から出るまでを見ましょう。まず烏が放たれるのが興味深いですね。 後に鳩が翔ばされますが、烏も鳩も身近な鳥だったのでしょう。烏は野外に巣を作るものですがどこも水面ばかりで出たり入ったりするばかりでした。鳩は長距離の通信鳥で最初は帰って来たためまだ地上がないことを暗示し、二回目はオリーブの若葉をくわえ地上の出現を伝えます。もう七日たって翔び立った後、鳩は帰らずいよいよ大地が現れたことを教えたのでした。鳩は聖霊のシンボルですが同時に命をはぐくむ大地自然を知るものと描かれることはじつに意味深いことです。

さて洪水は神の主導する出来事と言いました。でもそこにはノアやその家族たちがおり、彼ら人間から見れば洪水は今日と変わらない「災害」であったと言えないでしょうか。ノアやその家族たちには先の見通しの立たない状況に様々な感情が湧き上がってきたのではないでしょうか。日本精神神経学会の加藤寛さんという方が、災害に遭った人間の内面に三つの心理的影響が及ぼされると言われてます。第一が「トラウマ」で災害の直接的な体験や目撃などによる精神的な傷、第二が災害によって引き起こされた死別や離別による悲しみ、喪失感、罪悪感、第三が避難地でのストレスや愁訴です。これが元で様々な心的障害、鬱、不安や依存症が起きたりすると言われます。後の9章20節以下でノアがぶどう酒を飲んで天幕で裸のまま寝ていたとあるのもこうした災害の心的影響となにか関連が考えられるのかも知れません。

でもノアと彼の家族たちはいったいどのようにして洪水を乗り切ったのでしょうか。創世記は各所で「ノアは神に従った」と書くのです。「ノアはすべて主が命じられたとおりにした」(5節)。「それは神がノアに命じられたとおりに」(9節)。「神が命じられたとおりにすべての肉なるものの雄と雌が来た」(16節)。また8章で水が引いて地が現れた時も、自分から外に出たのではありません。「さああなたもあなたの妻も息子も嫁も皆一緒に箱舟から出なさい」(16節節)。そこでノアは外へ出た(18節)のです。ノアは確かに洪水という災害をのりこえました。ただ、それは神がなされる主導的なはたらきに従ったことによってでした。

さて神に従うとはどんなことでしょう。それは襲いくる困難の中で、これを支配する神に耳を傾け、聞こうとすることではないでしょうか。ノアは神のなされる洪水という苦難をあらがうことなく受け止め、神の言葉のとおりに箱舟を作り、これに命も生活もゆだねました。そのようにたとえ苦しい生活の中でも、ひたすら神の力を信じ神に聞こうとすること。そこからあらゆる絶望を乗り越える希望と忍耐が与えられるのです。

(高岡清牧師)

田原吉胡教会(田原吉胡伝道所)

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